『先人たちの底力 知恵泉』眠っている価値を見つけ出す人々 浅野総一郎と長坂真護ってどんな人?

浅野長坂のサムネイル エンタメ
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今回はこちらの番組から。

近代日本経済の発展に貢献した渋沢栄一が一目置いた実業家、浅野総一郎。

彼の人生は、初めは「損一郎」と揶揄されるほどの失敗続きでした

幾度もの困難に立ち向かいながらも、一貫して「眠っている価値を見つけ出す」ことを追求し続けた男、浅野総一郎ってどんな人だったんでしょうか?

そしてそんな浅野総一郎の考え方にシンクロする現代のアーティスト版浅野総一郎、長坂真護ってどんな人でしょうか?

そんな疑問に深掘りしていきたいと思います。

浅野総一郎ってどんな人?

1848(嘉永元)年-1930(昭和5)年

明治から昭和前期にかけての実業家。越中国水見郡藪田村(富山県氷見市)の医者の子に生まれる。23歳で上京し、砂糖水売り、竹皮の仕入れ販売、石炭・コークス販売などを転々とする。官営の深川セメントエ場の払下げを得て実業家として出発。渋沢栄一の知遇を得て、炭鉱・海運・ガス・石油などの諸事業を手がけ、48歳のとき東洋汽船を創立した。大正2年から鶴見~川崎臨海地での埋立て(※)造成に着手し、京浜工業地帯の基盤を作った。浅野財閥の創始者となった。財閥の主要傘下会社には、前述の東洋汽船のほか、浅野セメント、日本鋼管、鶴見製鉄造船などがあった。

川崎市私立図書館
浅野の写真

富山県氷見市に生まれ、北陸の大商人、銭屋五兵衛に憧れ、15歳から商売を始めます。

しかし浅野総一郎の商売のスタートは負け続きでした。

織物の生産・販売、醤油の醸造、脱穀機の販売レンタル、どれも失敗に終わってしまいます。

そんな浅野を世間は総一郎をもじって「損一郎」と揶揄します。

心機一転、上京。

砂糖を入れた冷たい水を売る冷やっこい屋をやり一発あてるのです。

創意工夫して価値を見い出せば商売になるという商売のコツを掴みます。

稼ぐに追いつく貧乏なしという言葉を残しており、失敗にも挫けませんでした。

27歳に、石炭は販売業に本腰を入れるが…、強盗、火事に見舞われ、無一文に…。

世の中に無用なものはないと心得よ!

次に浅野が目につけたものは石炭の残骸であるコークス。

狙いは当たり、セメントを焼く燃料としてコークスが使えることがわかり、大きな利益を得ました。

人の嫌がるものの中には福がある

その後、排泄物やコールタールなど、次々と廃棄物ビジネスを始めます。

次にセメント事業で大勝負に。

三井と三菱の財閥という強力なライバルがいましたが、政界からの信頼があつい渋沢栄一を説得し、協力してもらうことにより深川のセメント工場の払上げに成功します。

強者の意見に惑わされず自分を信じろ!

その後、セメントの需要は急増し日本最大のセメント会社に成長するのでした。

大正2年には150万坪の埋め立て工事に着手し、京浜工業地帯の礎を築きました。

浅野は83歳で亡くなる直前まで、事業の発展のために生涯現役を貫きました。

長坂真護ってどんな人?

1984年福井県生まれ。

福井県の工業高校を卒業後、ファッション界への夢を抱え文化服装学院へ進学し、モノづくりの面白さに目覚めます。

しかし、卒業直前にロンドン留学を狙って応募したコンテストで辛くも落選。

ロンドン留学を諦められず卒業後には留学費用を稼ぐために新宿・歌舞伎町でホストとなり、ナンバーワンに。

2年半で3000万の貯金ができていたため、夢だったアパレル会社を設立します。

ところが1年であえなく倒産。

借金を背負った24歳の長坂さんは、窮地の中でもモノづくりを志します。

絵描きを生業とすることを決意し、路上の画家に。

2017年6月“世界最大級の電子機器の墓場”と言われるガーナのスラム街“アグボグブロシー”を訪れ、先進国が捨てた電子機器を燃やすことで生計を立てる人々と出会います。

アートの力を使って、“我々先進国の豊かな生活は、このスラム街の人々の犠牲のもとに成り立っているという真実”を先進国に伝えることを決意。

彼らのいらないプラスチックのゴミで商売を始め、寄付ではなく絵を売ってさらなら事業を通して社会的インパクトを上げるのです。

長坂真護 オンラインギャラリー | MAGO GALLERY
ガーナのスラム街に積み上がる先進国からの廃棄物でアートを制作する美術家・長坂真護は、サステナブル・キャピタリズム(持続可能な資本主義)を提唱し、ガーナのスラム街の環境・貧困問題の解決を目指します。

長沢さんのコメント

「社会、人権、環境を重んじなければ地球が終わる
ゴミなのにゴミじゃなく見えるもの、それがSDGsそのもの
世の中に無用なものはない」

「大多数の人が守りに入るから、チャンスしかない
手を挙げれば成功しか手に入らない

「自分が幸せになって不幸になるのはみんなが嫌だが、
わざわざ自分がしなくても誰かがやる
そこに自分がチャレンジし、そこにみんなの応援が集まる」

「皆がこれはやめた方がいいというところに大きな答えがある」

「こんなにチャレンジがしやすい先進国日本に生まれて挑戦せず安全なことばかりやる方がリスク」

「他人からしてみたらそんな本気の男に託してみようかなってなるから惑わされず自分を信じろ」

まとめ

まったく時代が違う2人ですが、何か共通点を感じますね。

「失敗は成功のもと」とはよく言ったもので、多少のリスクを恐れず自分を信じて行動する2人。

そして、今の日本人に必要なマインドの持ち主だと感じました。

守りにまわってしまう現代人に挑戦しないことの方がリスクということを考えさせられますね。

よくSDGsといわれる昨今、情報が飽和する時代に、その定義も曖昧ですが、彼らの考え方、行動が今のSDGsに必要なのではないでしょうか。