『ブギウギ』戦時中に禁止されたアメリカ文化 敵性語とは? その和訳とエピソード

敵性語のサムネイル 朝ドラ
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1937年に日中戦争が始まり、その影響で、日本はアメリカとも対立する事になります。

そのため、日本ではアメリカの文化や、英語そのものを禁止されていきます。

その中でも人気であったアメリカの音楽や野球のスポーツなどの規制が厳しくなりました。

そして1940年ごろに英語は敵性語として使用が禁止されてしまいます。

禁止のイラスト

今まで使われていた英語表記や和製英語は無理やり日本語を使って表記されるようになります。

NHKの連続ドラマ『ブギウギ』の羽鳥善一のモデルになった服部良一も当時はアメリカの音楽であるジャズやブルースを演奏していたのでジャズそのものの禁止や、その楽器などの英語名などは敵性語として使用が禁止され和訳を使うようにと指示されてしまいます。

ではその服部良一も禁止されていた敵性語の和訳の具体例とエピソードをいくつかあげてみたいと思います。

敵性語になった楽器の名前

楽器のイラスト

よく考えて和訳したなぁと感心さえさせられる和訳ですが、サクソフォンの金属製曲がり尺八やトロンボーンの抜き差し曲がり金真鍮喇叭などに関してはちょっと想像するには難しいくらいです。

コントラバスの妖怪的四弦には少し悪意すら感じてしまうほどです。

掛け声も禁止された!?

掛け声のイラスト

ドラマの中では羽鳥善一の掛け声の「スリー、トゥー、ワン、ゼロ」も禁止されて「いち、にぃ、さん、はい」にされてしまっています。

ドレミも敵性語に!?

ドレミのイラスト

戦時中は「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド」が禁止され、日本語名の「ハ・ニ・ホ・ヘ・ト・イ・ロ・ハ」になりました。

でもよく考えてみるとドレミはイタリア語であって英語ではないので敵性語ではないのです。

敵性語の資料で調べてみてもそういった記述もないらしく、外国語=敵性語ということで禁止されていたのではないかといわれています。

実際はドイツ、イタリア、日本は三国同盟だったので戦時中ドイツの歌は聞くことができたらしく、詳しい経緯は不明のようです。

将校たちも黙認する涙のブルース

泣くイラスト

物憂げなメロディで聞く人を魅了する、服部良一作曲で淡谷のり子が歌う涙のブルース。

戦後も多くは演歌歌手にカヴァーされており、聞いた人も多いのではないでしょうか。

この曲もまた戦争中、「ブルース」というタイトルとその音楽性で敵性音楽とされておりましたが、戦地の兵士たちは慰問に来た淡谷にこの曲をリクエストすることが多く、監視をする将校たちも黙認する中、涙を流して聴き入ったというエピソードがあります。

まとめ

今では使われることのない敵性語ですが、今回はその和訳とそれにまつわるエピソードをまとめて見ました。

戦争を体験したことがない人にはなかなか馴染みのない敵性語ですが、服部良一たちは限られた環境の中で、それにも負けることなく、音楽を続けていきます。

そしてそれは当時の人々を感動させて、現在の音楽にも引き継がれていったのではないでしょうか。